今回は現役の文明通信2026年9月号よりコラムをお届けします。
昭和の大女優岸恵子さんが亡くなられました。
岸さんが珈琲文明に来たのは4回と記憶しています。
おそらく一般の人よりもずっと芸能人や俳優さんのことを知らない自覚がある私でさえ、さすがに岸恵子さんは顔も名前も一致していました。
これまで珈琲文明に来店された有名人の方とはよく一緒に写真を撮ってもらっていましたが、なんだか岸恵子さんと一緒に写真を撮ろうという心境には(あまりにおこがましくて)なりませんでした。
私は完全リアルタイム世代というわけではないだけに岸さんのことを浅くしか知らず(とはいえ結婚式の仲人が川端康成だったというだけでもインパクト十分でした)、数回お客様としていらして以降初めて岸さん著のルポルタージュエッセイ(「ベラルーシの林檎」)を読んでから時間差でとにかく衝撃を受けました。
的確に表現する語彙力に欠けますが、彼女は常人の3倍以上、つまり300年くらいの人生を生きて来たんじゃないかという中身の濃さでありました。
そしてそんなスーパースターが一度ならずも複数回来店してくださったということがなんだか自己肯定感ならぬ「自店」肯定感をバク上げしてくれた感覚がありました。
・メディアや雑誌を見て来たわけがない
・食べログやGoogleで評判を見て来たわけがない
・誰かに噂を聞いて来たとも思えない
自己肯定感が人格形成に大事なように、とても立派な人から支持されたと感じることで自分の店が立派な店になったと錯覚し(笑)それがその後の運営にも好転している気がします。
グルメインフルエンサーやレポーターや俄かコーヒー通の人がマウスサービス的に「コーヒー美味しいですね」という言葉よりも、世界中のコーヒーを飲んで来た岸恵子さんの口からポンと出来ていた「おいしい!」という言葉のほうがやはり無条件に嬉しいですしそれはもう本当にコーヒー屋をやってよかったと思える瞬間でありました。
岸さんは特に変装するでもなくいつもいたって自然にそのままス~ッと来店されます。
店内がほぼ満席の時に岸さんがカウンターに座られたことがあり、岸さんの両隣にもビッシリお客さんがいたのですが、岸さんが帰られて私は食器を下げながらそれまで岸さんのすぐ隣にいたリピーターさんに「岸恵子さんでしたね」と囁くと「えええ!?気づかなかった!私大ファンなんです!残念、教えてほしかったです・・・」ということもありましてさすがに岸さんのプライベートを守るためにもご本人いる時には言えませんが同様にやはり岸さんがカウンターにいて帰られた後にレジ近くのボックスシートにいた4名のご婦人方に伝えると「わぁ、帽子を被ったとても素敵な方がカウンターにいるなぁと思ってはいたんですよ!」と言うと他の方も「確かに!私も思った!けど岸さんかはわからなかった」ということがありました。
これでわかったことがひとつあります。
それは「女優はオーラを出す」が、「大女優はオーラを消す」ということです。
一度だけこんなことがありました。
店内は誰1人いない状況で岸さんが来店し、カウンターにお座りになられました。
それまでは話しかけたことはなかったのですが、なにぶん店内には私と岸さん二人っきりということもあり少しお話をしました。
「今度BSのNHKで~○○があります」と私ごときに番宣してくれたりしたのを覚えています。
この時に感じた今でも忘れられない不思議な感覚があります。
それはちょっと現実離れした、場所は珈琲文明でさえなくどこか「冬の寒い雪山にある山小屋に一人の女性が訪ねてきた」みたいな感覚でした。
おそらく当店の天井劇場4分間の「夜空タイム」の間の出来事だったのかもしれません。
周囲が暗く、その中に私と岸さんだけがいるというなんともシュールな感覚・・・。
滞在時間はかなり短くて「いかほどですか?」と言われ、巾着袋からお金を出して会計されたことは覚えているのですが、なんだか本当に現実感が希薄な幻想的な時間といえました。
取材でもなく雑誌掲載もメディア放映もされない、「冬の山小屋でのマジックアワー」は間違いなく珈琲文明史に残る宝物です。
白楽の、いや横浜の、いやいや日仏の宝である岸恵子さんに心より哀悼の意を表します。
珈琲文明 店主 赤澤 智

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